さとえブログ

ノンフィクション/エモい/現代っ子哲学

ネットで知り合った女に惚れかけた話

2019年7月

 

とあるサイトで知り合って、LINEを交換して頻繁に通話をするようになった子がいた。

 

元々は、寂しさを紛らわせるために通話をしていた。

最初は暇つぶし程度にしか考えていなかったが、次第に惹かれるようになっていく自分がいた。

 

1回目の通話では、当たり障りのない会話をした。

 

「よく通話とかしてるんですか?」

「芸能人だと誰に似てるって言われますか?」

 

判明したことは、その子は俺より3つ年上で、25歳だということ、石川県出身、石川県に1人暮らししているということ、5年続いている彼氏がいることだった。

 

俺は、なんか地方の子ってよくね?みたいな、軽いノリと好奇心で自撮りを要求した。向こうもお酒を飲んでいたので、こちらが食い下がらないでいると、さくらんぼのスタンプでデコられた自撮りを送ってくれた。

彼女は大塚愛に似ていて、色白で可愛かった。以下、愛とする。

 

愛とは、その後も通話をした。

職場でどういうキャラなのか、どういった恋愛を送ってきたのか、今現状はどのような状態なのか、などの話をした。

 

愛は、某国立大学を卒業して安定した職に就き、職場では真面目なキャラで、よく周りから素の表情が話しかけづらいと言われるらしかった。通話ではよく笑っていてかなり話しやすかったので、意外だった。

 

恋愛に関しては、少し複雑だった。

高校から2年間付き合っていた元彼がいて、高校を卒業する時に元彼は東京の大学に進学し、そこから遠距離になってしまい別れた。

しかし、その元彼のことがめちゃくちゃ好きで、今でも忘れられないとのことだった。しかも、その元彼は今は結婚しており、もう二度と叶わない。彼女は、今5年間付き合っている彼氏がいるが、妥協と安定の葛藤に苛まれているように感じた。

 

現状は変わらぬ毎日を過ごしており、今の彼氏と結婚するんだろうな、と言っていた。

 

通話を重ねるにつれて、何か話すことが特になくても通話をするようになった。俺も愛も、お互いに居心地の良さを感じていた。1週間に1回くらいのペースで通話をした。

 

沈黙でも全然平気だった。

 

いつかの通話で

 

「東京きてよ」

「え〜、遠いからやだよ笑」

「東京に友達いるって言ってたじゃん?その人に会うついでに俺と会おうよ」

「それなら君に会いに行った方がマシだよ笑」

 

みたいな会話をすることもあった。あ、この子は相当シャイなんだろうな、と感じた。それと同時に、何かこっちから押されるのを待っていて、変わらない毎日から解放される刺激を求めているんだろうな、というのが伝わってきた。

 

2019年8月

 

社会人の8月には、お盆休みがある。正直言って、俺は3年前くらいから金沢に旅行に行きたいな、と思っていたので、ワンチャン会いに行くのもありかな、とか考えていた。何より、地方の人に地元を案内してもらうのが俺は好きだった。

 

「もしもし、急だけどお盆休みに金沢行ってもいい?笑」

「え、本気で言ってる?笑」

「うん、俺前から金沢行きたいって思ってたって言ったじゃん。そのタイミングが今かなって思って」

「ほんとに言ってんの?混んでるしやめときなよ笑」

 

こんなの建前に決まってる。

 

「いや、混んでてもどうしても行きたいって思ってるんだけど。だめ?」

「まじ?疲れない?でもそんなに言うんならいいよ、予定空けときます笑」

 

こうして、俺は旅行も兼ねて金沢に行くことが決定した。

 

2019年8月某日

 

「着いたら連絡するねー」

「りょーかい」

 

おれは東京駅発、北陸新幹線はくたかの自由席に乗り込み、金沢へと発った。

片道約3時間。俺は運良く席に座ることができ、アマゾンプライムスラムダンクをずっと観ていた。そういえば、愛もアニメや漫画をかなり見たりすると言っていたことを思い出した。

 

金沢駅に近づくにつれて、緊張の度合いが高まる。最後の30分くらいは睡眠に費やした。

 

新幹線を降りると、蒸し暑さが全身を襲った。金沢と言うと涼しいイメージがあったが、夏の暑さは東京と変わらなかった。

 

日本の夏の暑さはお盆にピークを迎える。最高気温37度。1年間で最も暑い日だった。

 

「着いたよー」

「どこにいる?」

「改札出たところにいるよ」

「りょーかい」

 

10分くらい経つと、愛が現れた。

 

高身長で色白で色気があって、初対面で緊張してるのか表情は硬かったが、笑顔が可愛かった。

 

「とりあえずご飯食べよ」

「行きたいって言ってた近江町市場いこっか!」

「いこ!」

 

聞くと、彼女の家は金沢からそこそこ遠いらしく、1時間くらいかけて車で来てくれたらしい。

 

金沢駅から近江町市場までは近かったが、彼女の運転で向かう。

 

車内では、暑いねとか、イメージと実際を比べてみてどうとか、最近どうとか、無難な会話が続いた。

 

近江町市場に着くと、愛がおすすめしてくれた大倉という回転寿司屋に入った。

 

俺は、1皿800円の回転寿司を初めて見た。愛に聞くと、金沢では割と普通だと言う。

 

俺と愛は白身の盛り合わせを食べ、追加でのど黒を注文した。愛は気を遣ってくれているのか、自分の分の半分くらいを俺にくれた。食べ終わると、さらに活ばい貝という貝を注文し、その半分も俺にくれた。活ばい貝はめちゃくちゃ美味しかった。

 

食べ終わって近江町市場を出ると、21世紀美術館に車で行った。

 

途中、運転を代わろうかと伝えたが、保険に入ってないからしないでいいと言われた。確かに合理的だった。彼氏にも自分の車は運転させないらしかった。

 

21世紀美術館では、チームラボの展示が行われていた。暗い部屋でのプロジェクションマッピングのような展示だった。

 

室内では、それぞれインスタに載せる動画を撮っていた。俺はシンプルに展示作品の動画を撮っていたが、愛は部屋の全体を撮っていた。これ俺が映ってもいいのか?とか勘繰った。

対面してから1時間半くらい経っていたが、まだお互いに緊張が残っていた。

 

チームラボの展示を見終えると、2人は通常の展示へと足を運んだ。

 

俺が21世紀美術館にはよく来るのかと訊くと、愛は、ちゃんと回るのは小6以来かな、と答えた。住んでいるところの近くの観光地って案外行かないよね、と2人で共感した。

 

21世紀美術館を全て見回ると、愛の運転で兼六園まで行った。

 

俺は通話で、前々から兼六園に行きたいと言っていた。実は、俺は小さい頃に金沢に住んでいたことがあり、母親から兼六園についての話をかなりの頻度で聞かされて育った。

実に、約20年ぶりの金沢だった。

 

兼六園は想像よりもかなり広かった。駐車場から歩いて兼六園まで行った。愛は、いつの間にか麦わら帽を被っていた。

 

「麦わら帽めっちゃ似合うじゃん笑」

「ありがと笑」

「てか、マジで暑いよね。いつもこんな感じなの?」

「いや、今日は特別暑いかも」

「そうなんだ。なんかもう暑いからずっとドライブでいいよ笑」

「運転するの私だけどね笑」

「www」

 

通話では俺が愛のことを結構いじったりしていて、愛もそれに乗ってくれたり、見守ってくれたりしていた。対面でも少し緊張が解けてきたような感覚がした。

 

それにしても、暑かった。

 

「もう本当暑いから、車戻って愛が言ってた海行かない?日本で唯一車で走れる砂浜って言ってたとこ」

「千里浜ね!でもせっかくきたのに回らなくていいのww」

「いいよ、次きた時ゆっくり見たいわ!千里浜行こうぜ」

「りょうかい笑」

 

俺たちは、兼六園を5分も滞在せずに後にした。正直、金沢を観光するよりも、上辺の会話よりも、通話でしていたような本質的な話がしたかった。おそらく、愛もそう思っていた。

 

車に戻ると、速攻で冷房をつけ、千里浜まで車を走らせた。

 

「そういえばさ、元彼との話でまだ1人にしか言ったことない話あるって言ってたけど、教えてよ」

「えー、流石にそれは無理笑」

「結婚してから会って一緒にご飯行ったことあるって言ってたけど、その後何かあったとか?笑」

「どうだろうねー笑」

 

俺は、秘密があるって言ってくれた時点で、聞き出すことは可能だろうと考えていた、というか、むしろどこかのタイミングで向こうが話したがっているということに薄々勘付いていた。普通、本当に話したくなかったらそんなことは言わない。

 

「てかさ、もう君に慣れたわ」

「緊張取れた?」

「うん、もう大丈夫」

「それは良かった、まあ俺はまだ緊張してますけどね」

「絶対嘘でしょー笑」

「www」

 

千里浜に近づくにつれて、海が見えてきた。高速道路は石川県を縦に貫き、海の真横を走っている。内陸県育ちの俺は、シンプルに海に感動した。愛は、いつも通ってますよ、というような雰囲気を出していた。

 

「海めっちゃ綺麗!」

「でしょ!」

「この道結構通ってるでしょ?」

「うん、金沢行くときはいつも使ってる!」

「ちょっと慣れてるオーラ出さないでくれない?笑」

「ごめん笑笑」

 

途中、道の駅高松という所に寄って、俺はソフトクリームを買い、愛は何も買わなかった。石の柵まで行って2人して海を見たが、風が強すぎたので程なくして車へと戻った。

 

俺は愛にソフトクリームを1口食べるかと訊くと、愛はいらないよ、と答えた。俺は愛が今何を考えているのか、さっぱり予想がつかなかった。

 

それから10分くらいして、千里浜に着いた。

 

道が舗装されていない砂浜の上を、車で走る。制限速度30。日は暮れかけていた。車内では、宇多田ヒカルのgoodbye happinessが流れる。

 

「タクシーで来てる人いるよww」

「海とタクシーってなんか合わないなww」

 

3分くらい走行して、波打ち際で車を駐める。

 

車を降りると、2人は波を掬ったり、寄せる波から逃げたりした。会話はあまりなかった。2人は2人だけでいたかった。外で遊ぶとかでなく、日常と同じような落ち着いた空間を共有したかった。しかし、こうやって会っていることは紛れもなく非日常だった。

 

しばらくして車に戻った。

 

「やばい、砂で絨毯汚しちゃった、ごめん」

「全然大丈夫だよ笑」

「めっちゃ反省するね」

「この後どこ行く?」

「そろそろお腹空いたからご飯食べたいかな」

「じゃあ金沢戻ろっか」

「そうしよ」

「そういえばさ、今日宿とか取ったの?」

「取ってないよ笑」

「え、どうするのww」

「適当に満喫とか泊まろうかな笑、金沢にあるでしょ?」

「あるけど、宿くらい取っておきなよ笑」

「宿とかいらないから笑」

 

そういえば、通話で愛と一緒に飲みたいという話になったことを俺は思い出した。でも、車だと愛の家にでも行かない限り飲めないよな、とか考えていると、必然的に俺が取るべき行動は1つに絞られた。

 

「ねえ、やっぱ愛の家いこ」

「それは本当無理ww」

「なんで?」

「家に人あんまり入れたことないし、全然片付いてないから笑」

「でもさ、俺愛と一緒に飲みたいんだけど、そうなると愛の家行くしかないよね」

「私金沢に実家あるから、そこに車停めれば歩いて行けるし金沢でいいよー」

 

愛はどうやら今日で解散する予定らしかった。

 

でも、俺はこれも建前でしかないと直感した。

 

「金沢では昼ごはん食べたし、夜も行くのコスパ悪くね笑」

コスパって何ww」

「愛の家行けば石川県ほぼ全て堪能したことになるし、宅飲みできるし、一石二鳥だよ」

「そうだけどさー」

「もう俺が行くって決めたから行こうよ」

「なにそれww」

「早く引き返してよ」

「えー、本当に行くの?」

「うん、絶対そっちの方がいい。カラオケも行きたいし」

「えー、どうしよ、てかカラオケ関係ないしww」

「音質悪いカラオケ屋行こうよ」

「意味わかんないwww」

「早く行くぞ」

「えー、分かったよ、まあ来てくれたし。引き返すね」

 

こうして、2人は金沢とは逆方面の田舎の方へと車を走らせた。

 

道中は、山を登ったり、両脇に森林があったりと、観光地の田舎を走っている風情があった。俺も田舎出身であるが、田んぼなど平地の田舎だったので、それとはまた趣が違うように思えた。車内では、back numberが流れていた。曲目的に、アンコールというアルバム。俺のiTunesにも入っているので、分かった。

 

車内の会話はあまりなかった。というよりも、沈黙が心地よかった。もう2人は、通話で味わった距離感に溶け込んでいた。それどころか、対面での親密度と通話での居心地が合わさって、経験したことのない更に上の距離感へと変化していた。これは、遊びの女に対する上辺だけのものとも、恋人に対する日常に溶け込んだような感覚とも違っていた。ドキドキもするし、落ち着いてもいた。

 

1時間ほどして、愛の住むアパートに着く。

 

「掃除するから、少し待ってて!」

「りょーかい」

 

千里浜の砂で汚した絨毯を掃除しながら待つ。

 

20分くらいすると、愛が戻ってきた。俺は愛の家に入り、荷物を置く。

 

「どこいく?」

「近くに焼き鳥屋とかない?焼き鳥食べたい」

「あるよー、歩いて行こうか」

「そうしよ」

 

歩いて焼き鳥屋へと向かう。道中もあまり会話はない。向こうも俺と同じ距離感を感じていることがなんとなく分かった。

 

店に入ると、客は誰1人いなかった。カウンター席に座る。

 

この焼き鳥屋は、居心地が抜群に良い。店員は全く干渉してこないし、2人だけの空間にほぼ近かった。流石ローカルの飲み屋だった。焼き鳥を数本と、俺と愛はビールを頼んだ。

 

1口飲み始めると、2人は饒舌になった。酒は嘘の人格を作り上げるのではなく、人の本性を暴くものなのだとしたら、お互い同じ気持ちであることは確かだった。

 

それぞれの過去について話した。俺は小学校の時ずっと両想いだった子のこと、高校時代は勉強に目覚めていてかなり真面目だったこと、大学では今の彼女と知り合い、でも女遊びもそれなりにはしてきたこと、遊びが彼女にバレたこともあったことなど話した。

 

愛は、恋人とは1,2年スパンで長く付き合うということ、東京に行った元彼がやっぱり忘れられないこと、ケツメイシの東京という曲を聴くと泣いてしまうこと、でも今の彼氏と結婚するんだろうなと思っていることを話してくれた。

 

真面目な話もしたし、お互い過去の失敗の話などで笑いあった。

 

お酒といえば、俺は人が悪酔いしているところや、翌朝気持ち悪くなって吐いたりと、あまりいいイメージを持っていなかったが、こういうお酒の飲み方も悪くない、と思った。

 

2人とも結構酔いが回った。俺は愛がおすすめした日本酒を頼んだ。店員が盃を溢れさせ、なみなみと溜まった日本酒を一口煽った。

 

酔いすぎてしまい、酒の銘柄はもう忘れてしまった。

 

俺は再びあの質問をした。

 

「そういえば、まだ1人にしか話してない話って、どうせ元彼と不倫したとかでしょ?笑」

「あのね、元彼とご飯行った帰り、そういう流れになってラブホ行ったんだけど、駐車するときに手震えて車ぶつけたのww」

「www」

「修理費10万笑」

「神様は見てるんだね笑」

「よくないことするとバチあたるwww」

 

率直に嫉妬した。

 

その後はよくないと思い、ラブホに入りすらもせずに帰ったらしいが、それも本当か分からない。秘密は一部だけ教えられると余計に嫉妬する。

 

「そろそろ出よっか」

「うん」

「カラオケ行こ」

「いいよ笑、行こ!」

 

店を出ると、辺りはすっかりと暗くなっていた。

 

「みんな東京行っちゃうね」

「東京で働くしかないよ」

「私も東京に旅行にでも行こうかな」

「ほんと?全然案内するよ」

「まあ、考えておくね」

 

カラオケに入る。

 

俺は最初にバンプのカルマを歌う。

 

「めっちゃ上手くない?www」

「ありがと笑」

「よくカラオケ行くの?」

「一年に一回くらいかな」

「絶対嘘じゃんwww」

 

愛が最初に歌ったのは、おジャ魔女カーニバルだった。俺はこの曲を盛り上がっている飲み会でしか聴いたことがなかったが、よくよく聴いてみると良い曲に思えた。

 

何より、愛の歌声は色気があった。色気があるお姉さんという感じだった。でも、内側がかなり乙女だということを俺は知っていた。愛も、俺に知られているのを知っていた。

 

それから、俺と愛はお酒を飲みながら交互に歌った。愛が歌った曲はシドの嘘、奥華子の楔、RIP SLYMEの熱帯夜、俺がリクエストした大塚愛プラネタリウム

 

こんな夜がずっと続いて欲しかった。

 

「てか、なんか君めっちゃいい匂いするよね」

「体臭だよ」

「ほんと?なんか紅茶みたいな匂いするよ笑」

 

香水だった。JILLSTUARTのBlessed Love。しかし、この香水は特別紅茶の香りという訳ではない。

そういえば、通話の時に愛が紅茶が好きと言っていたことを思い出した。俺の香水を匂って愛がいい匂いと言ったのは確かであるが、紅茶というのは幻かもしれなかった。

 

カラオケはフリータイムで入ったが、俺はもう出たかった。本当に2人だけの空間で、愛と一緒になりたかった。22時まで歌えばで元が取れるよね、という話を2人でしていたので、22時になったのを確認してから俺は愛に言った。

 

「そろそろ疲れたね笑、もう出よう」

「分かった!」

 

カラオケを出て愛の家に向かう。途中でコンビニに寄ってお酒と柿ピーを買う。

 

「てか、お酒強くない?」

「いや私全然飲んでないよww」

「まさか俺だけ飲んでる?ww」

「分からないww」

 

どうでもよかった。けど、どうでもよくなかった。どうでもいい会話自体の内容はどうでもいい会話で、だけどどうでもいい会話の存在はどうでもよくなかった。

 

まだ手すら繋いでいなかった。外は暑かった。

 

家に着くと、テーブルに酒を並べる。ほろよいぶどう、グレフソルティ。

 

「そういえば運転ありがとね。疲れてるでしょ?」

 

缶を開けながら言う。

 

「まあ若干疲れてるかも笑」

 

お互いに乾杯し、一口飲む。

 

「マッサージしてあげるから、こっちきな」

 

「ありがと」

 

俺の体育座りしている足の間に愛が入る。

 

愛の肩を揉みほぐす。無防備な後ろ姿。

 

愛のことを抱きしめる。愛は何も言わない。そのまま頭を撫でる。

 

「慣れすぎ笑」

 

「うるさい」

 

口を口で塞ぐ。

 

押し倒す。

 

「背中痛くない?笑」

 

「ちょっと痛いかも」

 

「あっち行こっか」

 

初見の寝室に連れ込む。

 

愛は完全に無抵抗だった。頭を撫でながらキスしたり、優しく抱きしめたり、強く抱きしめたり。

 

愛しかった。前戯の時間と愛しさは正比例するというのは、本当だった。

 

そのまま最後まで愛し合った。

 

気付くと、時計の針は12を指していた。

 

「こんなことしたの本当初めて笑」

「好きになりかけてるよね笑」

「どうなんだろう笑」

 

寝れもしないので、リビングで一緒に音楽を聴く。愛の好きなI don't like Monday。俺の好きなclean bandit。

 

喉が乾くと、当然のように口移しで飲ませ合う。イチャイチャしている内に、もう1回したくなる。

 

寝室に行き、めちゃくちゃに愛し合う。この時間がずっと続いて欲しかった。

 

「好きだよ」

「うん」

 

手を繋いで寝ながら話す。時計の針が3を指しているのを認める。

 

目を覚ますと、いつの間にか朝の9時になっていた。

 

「あれ、いつの間に寝てたの?」

「めっちゃ寝心地よさそうにしてたよww」

「愛はちゃんと寝れた?」

「私は隣じゃ寝られなそうだったからリビングで少し寝てた笑」

「マジかよ、なんかごめん笑」

「私、人の隣で寝られないんだよね笑」

 

終わりの時間は着々と近づいてきていた。

 

「そういえば、何時に帰るの?」

「うーん、11時くらいに家出ようかな」

「わかった」

 

帰りたくなかったが、強がった。何で愛はこんな田舎に住んでいるんだろう。何で5年間も続いている彼氏がいるんだろう。理不尽すぎた。でも、もし上京していたらこのような性格の子にはなっていなかったのだろうか?

 

支度をし終えると、11時まで俺は愛のことをずっと抱きしめた。愛も俺のことを抱きしめた。

 

11時になった。まだ抱きしめていた。

 

もう無理だった。

 

「帰りたくない」

「かわいいな笑」

「そういうのいいから笑」

 

また強引に押し倒した。俺は弱かった。また寝室に行き、同じことを繰り返した。

 

俺は終電に間に合うように、17時に家を出たいということを伝えた。愛は強かった。女は男より強い生き物だ。

 

だらだらいちゃいちゃしていると、すぐに17時になった。俺は断腸の思いで、気持ちを切り替えた。本当に強がった。

 

「じゃあもう行こうぜ。早く支度してよ」

「う、うん笑、わかったよ」

「もう俺大丈夫だわ。おっけー、気持ち切り替えたわ」

 

全然切り替わってなんかいなかった。

 

コンビニでハイチュウと飲み物を買って車に乗り、例の高速道路を引き返した。2人は、何事もなく千里浜を通り過ぎた。

 

「なんか寂しいなあ笑」

 

愛が言った。

 

「そう?切ない?笑」

「うん、少し笑」

「ありがと」

「そういえば、好きっていてくれてありがとね」

「うん」

「私はまだ好きって言ってないよね笑」

「そうだっけ?」

「完全に元彼と同じことしてるんだよね笑」

「元彼も好きって言ってくれなかったってこと?」

「うん笑」

「どうでもいいよ、でも愛はどうせ俺のこと好きでしょ?」

「笑笑」

「知ってる笑」

「でも、初めて浮気した人だから多分ずっと忘れないよ」

「俺も忘れないと思う」

「ほんと?笑」

「うん」

 

2周目くらいのback numberのアンコールを聴き終えると、金沢駅に着く。

 

立体駐車場に車を駐め、駅に入る。愛から何も買ってないから、駅弁を買ったほうがいいと勧められ、俺は能登牛弁当を買う。どうせ帰りの新幹線で思い出させるんだろうな、と思う。

 

時間が余ったので、吉野家で一緒に牛丼を食べる。

 

愛が言う。

 

「帰ったらさ、一応LINE入れてよ」

「え、さっきよくないからもうLINEしないって言ったでしょ」

 

愛は、もうこういうのはよくないから、連絡を取らないと言った。9月に東京へ旅行しにこないとも言った。俺も、自分からは連絡をしないと言った。

 

「じゃあやっぱどっちでもいいや笑」

「分かった、じゃあこれが最後ね。着いたら連絡入れるよ」

「分かったよ」

 

牛丼を食べ終えると、少し時間があったので、駅の外にある、鼓門近くのベンチに座って電車を待った。暑かった。

 

「本当に最後だね。楽しかったよ」

「私も楽しかった」

「今の彼氏ともうすぐ結婚するんでしょ?幸せになってね」

「うん、ありがと」

「あ、結婚したらLINEしてね」

「分かったよ笑、忘れてて誰だか気づかないかもよ笑」

「気付くから大丈夫笑」

「LINEの苗字が変わったら察してね」

「分かった笑、俺も結婚したらLINEするね」

「りょうかい笑」

「そろそろ行くね」

「うん」

 

金沢駅新幹線改札前。

 

「バイバイ、元気でいてね。色々と頑張れよ」

「ありがと笑、バイバイ」

 

俺は内心泣きそうになりながら、改札の中に入る。振り返ると、愛はまだこっちを見ている。手を振る。振り返す。ああ、本当に終わりなんだ。短いエスカレーターを登る。もう一回振り返る。姿は小さいが、まだこっちを見ている。大きく手を振る。振り返す。俺は二度と振り返ることなく、新幹線のホームへ登り、最終列車へと乗り込んだ。

 

能登牛弁当を食べながら2日間を振り返った。俺は泣かなかった。社会人になってからも切ないことは起こりうるものだと思った。できるものなら、愛と結婚したいとまで思った。今の彼氏と別れて欲しかった。

 

そんなことを思いながら家に着き、愛にLINEを入れた。

 

「家ついたよー 2日間ほんとにありがと!!」

 

30分後に返信が来る。

 

「こちらこそ楽しかったよー ありがとう元気でいてね!おやすみなさい」

 

俺はそのままLINEを閉じて寝た。

 

2019年9月現在、俺は返信を返していないし、向こうからLINEは送られてきていない。