赤坂のバー嬢
4月某日
仕事が終わって家に帰り、身なりを整えて歌舞伎町に行く。
東口広場を抜け、緊急事態の中無点灯のアルタを横目にスカウト通りを歩き、歌舞伎町の横断歩道が青になるのを待つ。
愛などないこの街で一体自分は何を探しているのだろうか?そんな思いをいつも抱えたまま乗り込む。半分ルーティン作業になりつつある。
いつも通り女の子に声をかける。
WARP前。数声かけ目で新大久保側に歩いている途中の女の子に交番前あたりで声をかけると、好反応。
ボブに近いセミロングの茶髪、大きな目。Tシャツっぽいインナーにライダース。可愛い系の美人。そしてよく見ると、Gカップくらいある胸。エロい。
「いやー、今日めっちゃ寒いですね。日中暑いかと思ったら夜めっちゃ寒いみたいな」
このオープンフレーズに最近ハマっている。
『は、はいそうですね笑』
「今からどこに行くんですか、飲みに行くの?」
『いや、買い物してもう帰ろうかなと』
「あー、家新大久保とかそこら辺か!」
『そうです、北新宿の辺りで』
「じゃあ結構近いね!まだ時間あるでしょ、俺飲み帰りで不完全燃焼だから今から飲み行こ」
『それはちょっと......』
ここから少し粘るも期待薄。
「分かった、今日が駄目なら今度普通にご飯行こうよ」
『それならいいですよ』
「おっけい、そしたら今度ね!LINE教えて」
粘りのドアインザフェイスが功を制したようで、LINE交換に応じてくれる。
相手の反応を見つつ、ここからもう少しだけいけそうと判断。
「じゃあ今日程決めとこ」
『いいですけど、ゴールデンウィーク地元に帰るのでかなり先になっちゃいますよ』
なんだか望み薄な気がしてきた。
一応、ゴールデンウィーク明けにご飯の約束を取り付けて、少し世間話をしてから解散。赤坂のバーで働いており、年齢はさとえの一個年上。地元は大阪で上京してきて半年という。だから擦れた感じがあまりしなかったのか。
5月某日
クラブに行ったり、他の女の子と遊んだりして充実したゴールデンウィークを過ごしていると一件のLINEが。バー子からだった。
『そういえば、〇〇日どこ行くんですかー?』
「新宿で一番美味しいうどん屋さん連れて行ってあげる!」
『可愛い笑、楽しみにしてるね!』
「はーい!」
可愛いなんて言われて、謎に食いつきが高まっている気がする。あえて一通もLINEをしなかったからだろうか。形態は聞かなかったが、バーに勤務しているということはそれなりに男性への接待が行われるわけで、そういった男性からはしょっちゅう連絡が来ててもおかしくない。差別化になったのだろうか。
約束当日
彼女から時間より早めに着いているとの連絡が来た。悪くはない。
アルタ前。何度ここで女性との待ち合わせをしただろう。いつも通り堂々とした姿勢で向かう。
「久しぶり!」
『久しぶりだね〜』
薄いインナーにカーディガン。胸元が少しはだけていて谷間が視認できる。今日はここを0.1秒たりとも見てはいけないと己に言い聞かせる。他の男と同様、格下に思われるから。
道中。
『今日どこ行くのー?』
さとえが提案したうどん屋は、定番中の定番のうどん屋だった。いつも通り、ホテルへの距離が近く雰囲気がいいうどん屋。だが、彼女はそのうどん屋を知っており、実際にも行ったことがあった。
暗雲が立ち込めたかと思ったが、逆のトークをした。
あえて、笑わせにかかった。
「えー、マジか!絶対知らないと思ってたのに」
『いや知ってるよ笑、大阪にもあるで笑』
「まあそこはご愛嬌ということで笑」
『まあ、好きだからいいよ笑』
乗り切った。
某うどん屋
飲食店では、お互いにマスクを外す瞬間がある。今でも色々な意味で緊張する。
彼女がマスクを外す。
綺麗な歯並び、整ったEライン。シャープな輪郭、もちもちとした肌。大当たりだった。
うどんを食べながら一通り雑談を終えて
「そういえば、バーで働いてるって言ってたけどなんかガルバ的なとこ?」
『ううん、アフターバーってとこで深夜から早朝にかけてやってるとこ』
「へー、そうなんだ。仕事楽しい?」
『うん、楽しいよ!従業員みんな優しいし』
「そうなんや、いじめられたりとかしてない?笑」
『全然してないよ!笑』
仕事、家庭環境、人間関係と一通り話すが、あることに気づく。この子には、付け入る隙がない。全て上手くこなしている。
残りは恋愛トーク。ここで適当に当てずっぽうを言ってみる。
「なんか、ストーカーされそうな顔してるよね」
『どういうこと笑』
「元彼と別れた後ストーカーされて家の前まで来られてそうな顔してる笑」
『えっ......怖いんだけど』
「図星?」
『うん、過去にそういうことがあってね』
当たった。自分の第六感を称えた。
そこから彼女は堰を切ったように恋愛について教えてくれた。付き合ってもあんまり長続きしたことがないこと、可愛い年下系が好きなこと、人生で一番好きだった人は元彼でなく偶然飲みの席であって数回しか会っていない異性であること......。
普段聞き役に回ることが多いと言っていた彼女だったが、気付いたらさとえが聞き役になっていた。もう和みフェーズの終了材料は十分だった。
「行こっか」
盛り上がってきたタイミングで彼女の話を遮り、店を出る。入店時には降っていなかった小雨。
向かう先は。
「雨降ってきたから傘買っていい?コンビニ行こ」
『いいよ〜』
コンビニに入る。
「あと一緒に少し飲みたいからお酒買ってどっかで飲もう」
『どこで飲むの?』
「なんか適当に見つけてさ」
『う〜ん、いいよ』
若干の躊躇が見られるも物怖じせずに堂々と振る舞う。二本の缶チューハイとじゃがりこ、そして傘を買ってコンビニを出る。出る直前、さとえが傘を持っていることに気づかずにそのまま退店しようとしたところを店員に止められ、会計すると言ったハプニングが発生して二人で笑い盛り上がった。
「こっち行こ」
いつも通り足を進める。
ホテル前。
「ここ入ろう」
『えっ?私行かないよ』
さとえの目を見てはっきりと言う。
「大丈夫、飲むだけで何もしないから」
強引に入ろうとする。
『えー、本当に入るの......』
「うん、大丈夫」
手を引っ張って入店し、エレベーターに乗る。乗っている間、そして部屋の前までも彼女は躊躇していた。その度に、大丈夫、大丈夫と伝えて優しさ重視で何とか部屋に入る。
ソファに二人して腰掛け、宣言通りお酒を開けて乾杯する。さとえは檸檬堂、彼女はほろよい。正直、もう今日は本当に飲むだけでも良いかと思ってしまっていた。そのため、楽しむ目的であえて度数の高い檸檬堂を購入した。
部屋に入った後は、一切手を出す素振りを見せずに彼女と和み直すことに徹した。地元大阪の話、幼少期から今までの話、仲の良い友達の話。普段は何をして過ごしているかについての深掘り、さとえの自己開示によるその応酬。
彼女が話すのがゆっくりなこともあったせいか、気付いたら2時間経っていた。
ここで勝負に出る。
「さっき甘えられる方が好きって言ってたけどさ、いっぱい話してくれるしどちらかと言うと甘える方が好きでしょ?」
女はいつの時代だって強い男に従う。
『えー、甘えるのはあんまやったことないから分からん笑』
「じゃあ試しに甘えてみていいよ、おいで」
彼女の肩を抱き寄せ、さとえの肩に彼女の頭をもたれかけさせる。
あれだけ甘えられる方がいいって言ってたのに甘えてくる彼女。可愛い。
顔を近づけ、唇を重ねようとする。
グダ。
何故?
正確には、唇は触れてくれるが、一切自分からはしようとしない。キスだけはNGなパターンかもしれない。
こういう場合は、女の子を動かす。
「ねえ、一回立ってみて」
『え、なんで』
「いいから」
手を引っ張り、立たせる。
抱きしめる。
身長差が丁度いいとかいいつつ、抱きしめてから再度手を引っ張りベッドまで誘導する。来てくれる。
押し倒す。
再度キスを試みるも、してくれない。
ならば。
「俺も少し甘えたい」
胸に顔を埋める。ここまで一切見てこなかった分、ここで発散する。
顔がほとんど埋まってしまう。推定Hはある。
しばらくそうしていると、彼女から母性を引き出すことに成功したようで頭を撫でてくれる。
再度キス。
グダ。
身体を抱きしめる。
身体の他の部分を触る。
『ねぇ......やめて』
「俺のこと嫌いなの?」
『そう言う訳じゃないけど......』
引かずに攻め直す。
グダ。
「今日うどん屋で話しててさ、下心とか抜きで本当にいい子だなと思ったからもっと一緒にいたい」
『それは嬉しいけど......』
また攻める。
グダ。
もうこうなったら仕方がない。彼女がそういうことをしたくないなら、引くしかない。
「分かった。帰ろっか」
『え......?』
「早く、もう今日は帰ろ笑」
『う、うん......』
何故か帰ろうとしない彼女。
「どうしたん、帰らないの?」
『私、どうしたらいいか分からない』
決まった。
「おいで。俺に任せて」
キス。
受け入れられる。
脱がす。
あれだけ目を逸らし続けていたものが目の前に顕になる。
男として生きててよかった。
そこからは二人で混ざり合う。
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事後
「意外と可愛いところあるじゃん」
『ううん......』
彼女は、何かパッとしない様子だった。しかし、着いてきてくれた。さとえに身を委ねてくれた。
後悔させたくなかった。
とりあえず抱きしめ、本当に好きな人にしか見せない態度をする。というか、心からいいと思った人にしかできない態度。事後も1時間ほど一緒に飲み、彼女優先で楽しませ、部屋を出、店自体を出て歌舞伎町を二人で歩いて帰るときも紳士的なエスコートは欠かさずに、同時に会話で安心感や少しのユーモアを付け加える。
歌舞伎町交番前。二人が出会ったところだ。
「家、あっちでしょ?俺あっちだから、また今度ね!」
『うん』
彼女は繋いだ手を中々離してくれない。精神的に満たされる瞬間。
彼女のマスクを外して、次いで自分のマスクも外して、ゆっくりと長めのキス。
「またね」
『なんか恥ずかしい笑、またね』
久しぶりに、満たされる帰路だった。
その日の夜、彼女から一通のLINEが来る。
『今日はうどん美味しかったし、めっちゃ楽しかったよ!本当にありがとね!』
美女はいいと思った人に対してはものすごく一途であることを改めて痛感する。それに対して、微妙な容姿の子はイケメンを取っ替え引っ替えしているが故に人に対して情がない子が多い。さとえは性格的な面も含めて前者が好きだ。
本当に彼女のことをいいと思ったので、美女同様、駆け引きなどせずすぐに返信した。
「今度、連れて行きたい場所あるから行こうよ」
『どんな所?』
「海みたいなとこで結構いい所!」
さとえが本当にいいと思った人にしか教えたくない場所。ここはうどん屋と違って絶対に知っている筈がない。
『行きたい!楽しみや〜』
彼女と一緒に、東京の夜景を海越しに見渡せる、誰も知らない場所に行ったのはまた後日の話。