大手企業の採用担当との電話
さとえ(@satoe_chan_)です。
目を覚ますと、隣には見知らぬ女が寝ていた。
あれ、もしかして酔っ払っていた?つか、誰だこいつ。
見事に昨日の夜の記憶がないが、開けられた窓、雲を抱えた青空、カーテンをわずかに揺らす風、そして今が12時前だということだけは確かだった。
隣にいるのはかきあげヘアで顔が薄い細身の女。おそらく年下だろうか?
iphoneのカレンダーを開いて、俺が起床直後に思ったのは、14時からある企業の一次面接が始まるから支度をせねばならない、ということだった。いわゆる就活というやつである。
だが、この企業に受かったところで何になるのか?大手会社ではあるが、俺は何らこの企業に魅力を感じておらず、とりあえず体裁のために受けておくか、といった気分でエントリーをした。すると、筆記試験に通り、面接に進むこととなった。
しかしまあ今の気分では面接に行くのはダルい。しかも、14時から面接なので少なくとも13時にはここを出なくてはならない。いや、それすらも分からない。なぜなら、昨日俺が飲んでいたのは代々木八幡で、今横にいる女は知らない女だからである。
とりあえず、ここはどこだ?
Googleマップを開き、現在地を確かめる。どうやら、ここは登戸駅周辺らしい。13時に出れば何とか間に合いそうである。
そうこうしているうちに、女が起き始める。
女「もう起きてたの〜?」
俺「これから面接行かなきゃなんだけど、非常に面倒臭い」
女「とりあえず休みなよ。私も今日学校休んだんだから」
俺「さっき電話してたのお前だったのか。夢だと思ってたわ」
女「まあ学校に連絡しなくちゃだから」
俺「そういえば専門学校に通ってるんだっけ?」
女「いや、高校生だよ〜。昨日言ったじゃん」
高校生!?俺は昨日高校生と飲んでいたのか?意味が分からない。まあ、こいつが二日酔いまたは寝ぼけて訳のわからないことを言っている可能性もある。
俺「ああ、そうだったっけ。つか、昨日の夜俺らどんな感じだった?」
女「2回したじゃん!覚えてないの?」
俺「そうだった。つか、ここの家誰のだよ」
女「私のだよ」
改めて意味が分からないが、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』に、哲学的な問いに答えるためには複雑な要素を一切排除し、物事の1つの本質についてシンプルに深く考察する必要があると書いてあったことを思い出し、面接に行かなければならない俺は、とりあえずこの女を無視しなければならないと考えた。
しかし、俺が面接に行きたくないというのもまた事実である。面接に行かないという選択肢を選ぶとすると、面接を完全に無視するのが正解である。だが、面接を無視、つまりはブッチしてしまうのはマナーが悪いので、俺は企業に連絡し、面接を辞退することを決めた。今から支度して面接を受けるのはダルさを極めている。
俺「ちょっと面接辞退してくるから電話してくるわ」
俺はトイレに入り、企業に電話をかけた。出たのは、採用担当の若い女であった。
採用担当「はい。〇〇株式会社採用担当の〇〇です」
俺「すみません、本日の面接を辞退させていただきたいんですけど」
採用担当「かしこまりました。名前と大学名と登録されたIDを教えていただけませんか」
IDまで言わなくちゃいけないのかよ。これだから就活はダルい。
俺「名前は〇〇で大学名は〇〇大学です。IDはただいま調べますので少々お待ちください」
採用担当「かしこまりました」
必死にGmailに記載されているIDを探し、読み上げる。
俺「IDは〇〇です」
採用担当「承知しました。またお手数ですが、選考辞退の理由をお聞かせ願えませんでしょうか?」
俺「(だっる……)第一志望の企業から先ほど内定の連絡を頂いたからです」
当たり前のように嘘を吐く。就活では、これが当たり前である。
採用担当「企業名を教えてもらってもよろしいでしょうか?」
俺「何故ですか?」
採用担当「私がただ単に興味があるからです」
俺「は?」
採用担当「いいじゃないですか。減るもんじゃないですし」
俺「そもそも、人生の本質というのは実態が掴めないということなんですよ。分かりますか?分かってない人はすぐ掴もうとしてくる。それじゃダメなんです。本質は概念として落とし込めはするけど絶対に掴めないものなんです。椎名林檎の曲を少なくとも各30回を目処に聴いていればこのくらい分かるでしょう」
採用担当「しかし、私は社会人として労働している。あなたはまだ大学生ですよね?立場を考えると圧倒的にこちら側の方がリスクがあるじゃないですか。ゆえに、今リスクを取っているのは私なんですから、もう少し考えてもいいじゃないですか」
俺「平日に5日働き、休日に2日遊ぶという価値観は小学校に置いてきたのでよく分かりません。下は見たくないので」
採用担当「ところでいちばん好きなカクテルは何ですか?」
俺「アマレットジンジャー」
採用担当「気持ち悪っ。切ります」
そういって電話は終了した。
俺はトイレから出て、女が寝ているベッドへと向かった。女はまた寝ていた。
特に何もすることがない俺はテレビをつけた。ヒルナンデスは3億年ぶりに観る。面白くないので消す。
ところで、俺はこんな感じで就活を続けていてもいつかは社会人になれる日が来るのだろうか?いやまあ、将来的には一人の人間として日本に愛国心が持てればそれでいいのだが、好きなことをするにしても体裁というものがある。
つまるところ、就活というのは体裁を固める人生における一作業に過ぎないのではないか、と思う。
これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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